2020年東京オリンピックに向けて各業界が盛り上がっているが、農業界もまた例外ではない。安全に関わる農業の国際基準であるGAPを取得し、日本の農業を国際基準まで押し上げるという取り組みが2016年末頃から一気に加速している。最近では、報道番組でもGAP、JGAPという言葉を耳にする機会も増え、農家だけでなく食意識の高い人の間では当たり前になりつつある認証制度になってきている。
一方で、JGAPは有機JASの上位互換である、JGAPを取得した農作物は海外輸出が可能という一部誤解をされている部分もある。今回はそもそもGAP制度とは?という話から日本独自の基準であるJGAPの内容、そしてJGAPについてよくある誤解などを説明する。
・GAPの基本的な知識
・GAPとは
・JGAPとは
・JGAPの認証を受けるということ
GAPの基本的な知識
農水省のHPを見るとGAPは下記のように説明されている。
農業生産活動の持続性を確保するため、食品安全、環境保全、労働安全に関する法令等を遵守するための点検項目を定め、その実施、記録、点検、評価を繰り返しつつ生産工程の管理や改善を行う取組のこと。
またGLOBALG.A.P協議会では下記のように説明されている。
G.A.P.(ギャップ) とは、GOOD(適正な)、AGRICULTURAL(農業の)、PRACTICES(実践)のことです。
それぞれで説明されているように、GAPは単に農薬の使用回数を減らすとか、化学肥料を使わないというようなものではなく、農業が環境に与える負荷や農場で働く人の安全管理や労務体制など、農業生産に関わる全般の生産工程管理における取り組みをさしている。GAPは当然のことながら第三者の認証を受ける必要がある。
GAPは生産工程全体に関わるため、認証を受けるための審査も比較的厳しいとされているが、GAP取得には様々なメリットがあり、農水省、各JA、各民間機関が連携しながら国内での普及活動を続けている。ここまでの説明の中で、GAP、JGAP、GLOBALG.A.Pのように複数のGAPが出てきたが、そこについて説明をする。
GAPと言っても、どこの認証機関(正確には運営機関)に認証を受けたかによって変わってくる。例えば、一般財団法人日本GAP協会が認証を行っているものがJGAP、ドイツに本部を置くFood PLUS GmbHがGLOBALG.A.Pとなっている。国内においてはJGAPが主流(取得農家が多い)ため案にGAPというとJGAPを指すことが多いが、GAPは各GAP制度の総称であり、実際は〇〇GAPというように複数のGAPが存在する。
冒頭で農水省やGLOBALG.A.P協議会が定義しているGAPについて引用したが、GAPの基本的な思想は変わらないものの、JGAPやGLOBALG.A.Pでは重視されている部分などが微妙にことなり、JGAPはどちらかというと農作物の質に重きが置かれているとされている。
GAPとは
ここまでGAPについての基本的な知識を説明してきたが、ここからGAPについてもう少し詳しく説明していく。
GAPが日本でも認知され始めたのはここ数年であるが、GAP自体はヨーロッパ(主にEU加盟国)では1990年代から広まり始めている。この時期はサルモネラSE、大腸菌O157、BSEなど食に関する問題や地球温暖化、土壌汚染などの環境問題などが世界的に問題視されるようになった。
そうしたなかで小売店であるスーパーや小売業者が販売する農産物の安全性に自ら責任を持つために,農産物を生産する過程での優良農業規範(GAP:Good Agricultural Practice)の必要性を指摘した。ここでいうGAPはまだ制度としてのGAPではなく思想的な意味合いとしてのGAPである。
そこでEUでは17の大手スーパーが欧州農産物小売業組合(EUREP: Euro-Retailer Produce Working Group)を発足し、適正な化学肥料と化学農薬を使用した慣行農業によって農産物を生産する共通の基準と手続きを定めた優良農業規範であるEUREPGAP(ユーレップギャップ)を策定したのである。ちなみにEUREPGAPは民間団体で,ドイツのケルンにある非営利の株式会社の「フードプラス」(FoodPLUS)を本部としている。
EUREPGAPが策定された背景には、食や環境に対する問題意識があり、それが各生産者や各小売店によって基準がバラバラとなっていてそれを整えるという意義があった。かつ、ただ基準を整えるだけでなく、食の安全、環境への負荷、また生産者である農家の労働環境に健全性についても盛り込まれたことである。
2001年からはこのEUREPGAPが農業者への認証が開始され、ここで始めてGAPという思想が認証資格として付与された。EUREPGAPが認証資格として付与されるようになったときは果樹と野菜の生産に対して規定を定めるものであったが、2003年に花と観賞植物、2004年にコーヒーと養殖の規定、2005年には畜産に対する規定が盛り込まれた。そこからEUを中心に会員が増え、2007年にGLOBALG.A.Pと名称を変更した。現在では世界118カ国、15万件を超える認証件数となっている。日本では2010年に農林水産省によりGAPに関するガイドラインが策定され、日本での導入が進められるようになった。農水省では野菜、米、麦、果樹、茶、飼料作物、その他の作物(食用:大豆等)、その他の作物(非食用:花等)、きのこについてのガイドラインを定め公開している。
工程管理の内容
農水省が策定したGAPのガイドラインには、食品安全、環境保全、労働安全、全般という大きく分けて4つの項目から工程管理が説明されている。作物によって内容は異なるもののそれぞれの項目にどのようなことが記載されているか主な物を例として紹介する。
食品安全
これは言わずもがなな項目ではあるが、具体的には下記のような内容が含まれている(一部抜粋)。
農薬の使用:無登録農薬及び無登録
農薬の疑いのある資材の使用禁止
機械・施設・容器等の衛生管理:トラクター等の農機具や収穫・調製・運搬に使用する器具類等の衛生的な保管、取扱、洗浄
農薬の使用に関するガイドラインはもちろんのことながら、使用する容器や農薬散布後の処理に至るまで事細かに設定されている。その他にも野菜のパッキングを行う場の清掃計画など、畑だけでなく生産から流通に至るまでの全ての過程における基準が策定されている。
環境保全
この項目は農業が環境に与える影響についてガイドラインである。農薬や肥料使用による土壌汚染から、堆肥を使用した際に発生する可能性のある外来牧草(草本)の流出など、生態系に与える影響についても事細かに策定されている。そのため、特にこの項目においては農業生産技術だけでなく、生態系などの基本的な知識、技術を要するものとなっている。
労働安全
GAP認証を受けようとする生産者にとっては当たり前にはなっているが、とりわけ消費者にとっては生産現場における労働安全は目えにくい部分であり、この項目がGAPの中に含まれていることを意外に思う人も少なくない。例えば、農業従事者が怪我をしないような設備点検、怪我をしにくいような着衣、保険への加入などが記載されており、取り組み例の中には準備運動なども記載されている。
またJGAPのガイドラインには、労働時間や休憩時間、勤務日数などが記載されており、努力項目ではあるが、更衣場所の用意や貴重品の保管場所の設置などまで記載されている。つまり、農業従事者が安全に生産するということはもちろんのことながら、一般的な企業のように適切な労働基準も守ることが求められている。特に、国内農業従事者は家族経営となることが多いが、その場合であっても、労働基準を設けるというような説明が設けられている。
全般
全般という項目は、食品安全や労働安全等の取りまとめ的な項目でもあるが、これら項目についての記録をしっかり残しましょうというものである。例えば野菜の場合、流通実態によって異なるが流通に関する記録(品目や量、出荷先、流通業者名)などを1〜3年残すこととされている。これらはきちんと記録を残しPDCAを回すという意味合いもあるが、第三者から情報開示を求められた時に、情報の透明性を担保するという意味もある。
JGAPとは
ここまで、GAPの成り立ちとそもそも思想、ガイドラインに定められた項目について説明した。ここから日本で推奨されているJGAPについて解説していく。JGAPは一般財団法人日本GAP協会が運用している。先程説明したGLOBALG.A.Pが国際的なGAP認証であるとするなら、JGAPは日本独自のGAP認証と呼ぶことができる。そもそもGAPは思想的なものであり、そこから〇〇GAPという認証が生まれたという背景は前述したとおりである。そのためJGAPがGLOBALG.A.Pや他のGAPと大きくことなることはない。
ただし、JGAPの特徴としては労働環境における人権についても明確に記載されていることであろう。具体的には労働基準を定めることとあるが、労働者がいる場合は雇用契約書(もしくは労働規則)に、労働契約の期間、就業する場所、作業内容、始業・終業時刻、賃金の決定などである。このあたりは一般的な企業と同じであるが、前述した通り家族経営が多く従業員も収穫時期の一時期的なパート雇用などが多かった日本においては非常に新しい考え方となる。もちろん常時従業者がおり、最初からこれらを定め、契約書を作成している農場もあるが、JGAP取得時にはこれらの作成が必要となる。
また農業においては36協定(通称サブロク協定)の届出は不要であるが、JGAPのガイドラインには残業等が発生する場合には36協定の範囲内であることと明記されている。またその他、外国人労働者を雇用する場合には労働者が理解可能な言語で契約書を作成するなど、過去に問題となった外国人実習生の不当雇用などの防止にもつながる内容も記載されている。
JGAPの認証を受けるということ
JGAPについても説明をしてきた。JGAP認証を受けるメリットについてはまた別の機会でまとめたいと思うが、JGAPについて理解しておいてほしいことを最後にまとめる。
①JGAPは有機JASの上位互換ではない
ここまの説明で、JGAPは食の安全だけでなく労働安全や環境保全など生産工程における全般について適切な農業者に付与する認証であると説明してきた。農業において有名な認証として有機JASというものがある。詳しくはこちらを参照してもらいたいが、有機JASは特に環境に対する負荷について適切な生産をしている生産者に付与される認証である。
そのため、定める基準が違い、JGAPは有機JASの上位互換ということではない。もちろんJGAPの中には食の安全について定める項目が存在するため、法で定める以上の農薬は使用されていないが、無農薬栽培とか有機栽培とかいうものではない。
②JGAPを取得すると輸出が可能になるのか?
世界、特にヨーロッパではGAP認証を受けた生産者のものしか取引しないという小売店、流通業者も存在し、徐々に増えつつある。そこでGAPだから良く、JGAPだからダメということではないが、JGAPという認証が世界的にどれだけ認められているか?という部分がかなりポイントになる。
仮にJGAPがヨーロッパの小売店、流通業者から認められたとしても、先ず輸出には様々なハードルが存在する。例えば検疫など。またもちろんそれだけではなく、海外まで送った時に鮮度が保てるか?という配送の問題、更に日本で生産された農作物と現地や周辺諸国で生産された農作物との品質の差などルールだけでなく、コストや営業などビジネスサイドの課題もクリアする必要がある。そのため、取得していることによりメリットも多分に存在するが、JGAPだけで国際亭な競争に勝てるということではないということは留意する必要がある。
JGAPについて成り立ちから内容について重要な部分だけをかいつまんでまとめた。JGAPを取得することはとても意義のあることであるし、生産過程をしっかり見える化するという意味でも重要なことである。しかし、JGAPを取得することにより国際的な競争力が高まるとか、高く売れるようになるというのはまた別の話であり、JGAP取得にはコストもかかるため本当に必要なのか?ということを各生産者が個別に判断していく必要がある。
ただ残念なことに特に日本では資格取得、認証取得が全ての権威のように捉えられてしまう。そのためこれからJGAP取得生産者が増加するだろうが、取得していないからと言って、その農作物が美味しくないとか危険というような誤解や風評被害が広がらないことを願うばかりである。
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