種苗法による自家増殖原則禁止の理解と誤解

手のひらの種

2021年5月15日、種苗法により自家増殖原則禁止というニュースが報じられ農家、特に自家採種を行っている農家や、種関係の活動をしている人々の間に衝撃が走った。内容は自分たちで野菜、果物、花などから種を取ることを原則禁止するというもので今日までSNSや各専門メディアなどで話題になっている。
特に、聞かれる声としては今回の改変により、自家採種ができなくなり在来種や固定種などが失われ、F1種のみが蔓延してしまうという声である。そこには記事のタイトルが先行し、一部誤解されている部分もある。そこで本記事では今回報じられた「種苗法による自家増殖原則禁止」についての事実と誤解を説明する。

種苗法とは
自家増殖原則禁止となった背景
自家採種禁止による農家の声
自家増殖原則禁止の誤解

種苗法施行後どうなった?

種苗法とは

植物の新品種の創作に対する保護を定めた法律で、植物の新たな品種(花や農産物等)の創作をした者は、その新品種を登録することで、植物の新品種を育成する権利(育成者権)を占有することができるという法律である。

市販されている種または苗の多くは、種苗会社や種苗農家がより良い作物(味が良い、病気に強い、多収量など)を生産するために研究開発され作られたものである。そのような品種を開発するためには多額の研究費と時間がかかる。そのため、新しい品種を開発し、農林水産省に申請登録することで、知的財産権の1つである「育成者権」を得ることができる。育成者権を得ると25年の間、登録品種の「種苗」「収穫物」「加工品」を「業(ビジネス)」として利用する権利を専有することを保護される。つまり、育成者権は今まで研究開発など多額の費用や時間を割いてきたので、それに対する権利をしっかり保証しますよ、というものであり、漫画キャラクターなどの版権や楽曲などの著作権と似たものと理解すると早いだろう。
一方で育成者権の及ばない範囲が大きく2つあり、1つは試験または研究目的での利用、そしてもう1つが「農業者の自家増殖」である。

自家増殖原則禁止となった背景

今までの種苗法の範囲では「農業者の自家増殖(ここでは自家採種とする)」は認められていたが、今後原則として禁止される方向となる。先ずなぜ今回自家増殖(採取)が禁止となるのか背景から説明していく。

その背景には日本で研究開発された優良品種が海外へ流出してしまっていることである。例えば、2018年韓国で開催された冬季オリンピックで、一躍人気となったカーリング女子チーム。プレイ中の栄養補給としてイチゴを食べる「もぐもぐタイム」が更にその人気を後押しした。このもぐもぐタイム中に食べられていたイチゴは元々日本で開発された「とちおとめ」「レッドパール」が韓国に無断で流出し、現地で生産された「雪香(ソルヒャン)」「梅香(メヒャン)」「錦香(クムヒャン)」であると報じられている。他の例としては高級マスカットとして知られるシャインマスカットも現在中国に流出し現地で生産がされている。

どのようなルートでこれら品種が流出したか正確なことは分かっていないものの、種子等の流出が水面下で行われている。そのため日本で研究開発され、日本ブランドとして生産される品種が海外に流出することにより、今後日本ブランド野菜や果物の輸出時の障害になりかねないとも言われている。つまり、同じ品種が韓国や中国で生産されているならわざわざ輸送コストをかけて日本から輸入しなくても良いよね?という話である。

このように日本の品種を守ることが今回自家増殖(採取)を原則禁止とした背景にある。また、日本の品種登録出願数は中国の40%ほどとなっており、今後世界的に日本の農業の競争力を高めたいという文脈から、育成者権を保護することで品種登録者数を増やすという狙いもあるという。

自家採種禁止による農家の声

今回自家増殖(採取)が禁止されたことにより、SNSやWeb上では様々な声があがっている。

・自家採取ができないと在来種や固定種が失われてしまう
・今まで自家採種して種苗にかかるコストを削減していたが毎回種を買わないといけなくなる
・自家採種できないのであればF1種ばかりになってしまい、F1ばかり食べていたら男性の生殖能力が低下する

このように今回の報道に対する反発はとても大きなものとなっている。特に、自家採種ができなくなることにより固定種や在来種が失われることや、f1種ばかりになってしまうことを懸念する声が大きい。なおF1種に関する誤解についての記事はこちらを参照していただきたい。

自家増殖原則禁止の誤解

家庭菜園
さて、最後に今回報じられたニュースに対するSNSやWebの声を見ていると一部誤解されている部分もあるようであり、そこについてまとめていく。

①在来種や固定種は自家採種可能
先ず、今まで地域や農家ごとに代々自家採種して栽培してきた在来種や固定種については今後も自家採種可能である。というのも、最初に種子法とはというところで説明をしたのだが、今回自家増殖が原則禁止となる作物は「育成者権」が認められている作物だけである。すなわち、育成者権が認められていない品種については引き続き自家採種が可能となる。また、育成者権が認められていない品種であれば、今までどおり栽培し農作物として流通販売することも可能であり、また種や苗においても有料無料にかかわらず流通させることは可能である。

今後、このような固定種、在来種を種苗法の範囲で自家採種禁止にするかどうか?についてはその地域もしくは農家による判断も大きく影響していくという。例えば、全国に様々な固定種、在来種が存在し、それが地域のブランドとして農業所得を支えている事例も存在する。しかし、その品種に対して育成者権がなければ原則流通は自由となるため、国内だけでなく海外流出においても止める術がなくなってしまう。そのため、その地域もしくは農家により品種を保護しようとした場合は育成者権を取得し、流出を防ぐことも可能であるが、それは地域や各農家の申請判断に委ねられることとなる。

②F1種ばかりになってしまう。
今回の種苗法の改変により今まで在来種、固定種を生産していた農家がF1種に切り替えないといけないということではない。育成者権のない作物においては自家増殖(採取)が可能地なるため、F1種を採用するかどうかは各生産者に委ねられることとなる。

また一方懸念されているF1種ばかりになると、主に男性の生殖能力が落ちるという話がある。この文脈は、F1種は種を作れないので、種を作れない野菜を食べていると人間も生殖能力が落ちるというものである。これについては別記事で解説をしているが、F1種は種を作れるし、現段階で生殖能力が落ちるという科学的なエビデンスは存在しない。

なおF1種から取れた種を育てて、できた農作物を販売することは認められている。ここで問題なのはF1種であるかどうかではなく、育成者権が認められている品種から種を取り、苗や種の流通をさせることが問題となる。

③家庭菜園レベルであれば可能
仮に育成者権を保有している品種であっても家庭菜園(自家消費)レベルにおいて、自家増殖は可能とのこと。例えば、スーパーで買ってきたスイカを食べて、その種を庭にまきスイカを育てたというレベルであれば問題はない。また消費目的でおすそ分けのように近所の方にできたスイカを配るということも問題ではない。

ただし、繁殖を目的とした行為、種や苗を有償無償にかかわらず渡すことは種苗法に抵触し、罰則対象となってしまう。つまり、種や苗を渡さなければなんら問題にならないということである。

このように種苗法による自家増殖(採取)が原則禁止と報じられ、「原則禁止」という言葉が強く、全ての自家採種が禁止されたような論調であったが、実際調べてみると今まで大きく状況が変わらないと言っても良いだろう。それよりもシャインマスカット、とちおとめが海外に流出してしまったように今後日本の品種、強いてはブランドを守るという意味合いで今回の法改正は必要なものであったという見方をする人もいる。

ただし、種子の流通については今回の法案改正に関わらず、専門性の高い領域であるため種子や苗を譲渡販売する際には農水省または専門会に確認を取ることが望ましい。

種苗法施行後どうなった?

令和3年に種苗法の改正は施行された。施行されたあとは、育成者(植物の新品種を育成する権利を有する人/法人)が農水省に届け出を行うことで、育成権を持つ品種については、海外への持ち出しを禁止することと、意図しない地域(国内)で栽培を行うこと許諾を必要とすることができるようになった。実際、海外への無断流出が問題視されたシャインマスカットなどはすでに届け出が提出されている。提出がされている品種かどうかは農水省のHPより参照することが可能である。

またUPOV(ユポフ)加盟国(植物の新品種保護に関する国際的条約への加盟国制度)以外への輸出にいては、届け出の有無に関わらず育成者への許諾を得る必要がある。また届け出の中でUPOV加盟国であり、かつ自由な輸出を可能とする国として指定した場合に限っては育成者の許諾を不要とする取り決めもある。しかし、この記事内で記述をした通りで育成権が主張される品目に限ってはいるため、育成権が登録されていない地域に根づく固定種等の栽培は引き続き可能で、自家採種も可能である。

以前より、海外への勝手な輸出については制限がされていたものの、大きくその実態が報じられたり、問題視されることがなかったが、種苗法の改正に関する報道が良くも悪くも、種苗の権利に対する保護への関心が高まる結果となった。

種苗法が整備された背景とその内容を正しく理解することで、適切に権利、更には日本の農作物のブランドを保護し、今後の発展を後押しするものである。また地域固有の固定種などはそれとはまた異なる議論となるため、引き続き地場の文化保護という側面での議論は必要ではなかろうか?

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