農研機構は、イネ害虫のツマグロヨコバイの唾液から、イネの食害に必要不可欠なタンパク質「NcSP75」を発見したと発表した。ツマグロヨコバイの唾液の中に含まれるタンパク質「NcSP75」の働きを抑えるとツマグロヨコバイは稲から吸引がうまくできず、成長の抑制や産卵数の低下をもたらすことが分かった。
ツマグロヨコバイはイネ科の植物に被害を及ぼす吸汁性の昆虫。針のような口からイネから栄養豊富な篩管液などを吸汁して栄養を摂取するだけでなく、イネ萎縮病やイネ黄縮病を媒介することから稲作の現場からは害虫として知られている。
農薬要覧によれば日本の水稲耕作面積148万haのうちツマグロヨコバイの発生面積は45万haであり、のべ防除面積は約86万haに達すると試算されている。
これまで海外のイネからツマグロヨコバイに食害されにくい形質(抵抗性)に関わる遺伝子座が見つかっており、この遺伝子座を交配で導入した品種が日本で栽培利用されている。これらの遺伝子はいずれもツマグロヨコバイの吸汁を阻害し、イネへの病気感染も妨げることが知られている。
しかし、現在のところ、野外でこれらの抵抗性品種を吸汁できるツマグロヨコバイが出現したという報告はないものの、人工的に繰り返し選抜をかけることで抵抗性品種に適応できるツマグロヨコバイが出現した例があることは報告されている。このような抵抗性品種に適応した害虫の出現に備えるため、新たなツマグロヨコバイ抵抗性品種の作出や防除方法の開発が求められていた。
ツマグロヨコバイはイネから吸汁する際に、イネの中に唾液を吐き出しており、唾液中に含まれる成分がイネの吸汁を促す仕組みがあると仮説し、唾液中のタンパク質70種類を網羅的に調べた。
その結果、イネからの吸汁に必要不可欠なタンパク質「NcSP75」を発見した。NcSP75タンパク質(Nephotettix cincticeps salivary protein 75kDa, ツマグロヨコバイ唾腺タンパク質、分子量75kDa)はツマグロヨコバイがイネの吸汁の際、イネの中に吐き出すことが明らかになっており、この働きを抑えることでツマグロヨコバイがイネから吸汁する時間が半分以下になった。またNcSP75遺伝子の働きを抑えると、ツマグロヨコバイの幼虫の成長は阻害され、メス成虫の産卵数は減少することも明らかとなった。
しかしNcSP75遺伝子はツマグロヨコバイに特有なもので、ツマグロヨコバイと同様にイネを食害するウンカやアブラムシには類似の遺伝子が見つからなかった。
NcSP75はツマグロヨコバイしか持たない特殊なタンパク質で、この働きを選択的に阻害することができれば、ヒトや家畜、他の有益な昆虫等に影響しない、環境にやさしい害虫防除技術の開発が可能となる。
また、日本の水稲耕作面積の約1/3で発生するツマグロヨコバイの被害を抑えることができれば、稲作農家の収量増加や使用農薬回数の軽減、対策コストの低減なども期待できる。今後注目の研究分野である。
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