ネオニコチノイド系農薬とミツバチと社会

ミツバチが飛んでいる様子

テレビや雑誌、ネットなど様々なメディアで農薬、特にネオニコチノイド系農薬の影響によりミツバチの数が減少しているというニュースが報じられている。

アメリカでは2006〜2007年にかけて蜂郡崩壊症候群(Colony Collapse Disorder以下CCD)が発生しており、30%前後のセイヨウミツバチが失踪したと報告されている。しかし、未だにミツバチの失踪原因は解明されておらず、ネオニコチノイド系農薬による影響であるという科学的な根拠も証明されていない。
本記事ではネオニコチノイド系農薬がミツバチの生活に与える影響や、それを取り巻く社会情勢などを改めて説明する。

目次
・ハナバチの減少とは
・ミツバチの数は増えている
・なぜ減少していると騒がれるのか?
・ネオニコチノイド系農薬の影響
・EU、オーストラリアでの動き
・今後

ハナバチの減少

世界に生育する植物のうち約90%が、受粉を動物もしくは虫に依存しているとされている。雄しべでできた花粉を雌しべに運ぶ動物または虫のことをポリネーター(送粉者)と呼び、ハチもまたポリネーターの1種である。

特にハチは農業界においても重要なポリネーター「ハナバチ」として意図的に導入されてきた。ハナバチとはハチ目ミツバチ科の昆虫のうち、花粉や蜜を蓄えるものの総称であり、学名ではないことを留意しておく。ミツバチもハナバチを代表する1種である。

このハナバチは現在のようにネオニコチノイド系農薬が使用される以前から100年単位で個体数が減少してきていて、特に特定の植物から花粉を得る種類が減少している。
その理由として、ハナバチは環境変化の影響を受けやすい種で、土地開発により住む環境が変わったり、花粉を得ていた植物群が減少したりすることが直接の原因であるとされている。

ミツバチの数は増えている

ミツバチの増減について触れる前にミツバチについて少しだけ解説をしておく。ミツバチはハチ目ミツバチ科に属する昆虫の一群で世界にミツバチ属は9種確認されていて、亜種を含め世界では24種のミツバチが養蜂に用いられている。

日本ではミツバチ、いわゆる蜂蜜を取るための養蜂用のミツバチはセイヨウミツバチ(Apis mellifera)とニホンミツバチ(Apis)の2種類が主に用いられる。ニホンミツバチはトウヨウミツバチの亜種である。

さてミツバチの増減についてだが、ハナバチは世界的に減少しているのに対して、ミツバチは増加している。
これは、ミツバチが蜂蜜を取るために人間によって飼われる「経済動物」であるため、人間の都合によって増減が決まるのだが、世界的にハチミツの需要は高まっており、ミツバチの数はここ40年以上右肩上がりで増加している。
特にアジア地域での増加が著しい。日本においては横ばい傾向で、ネオニコチノイド系農薬の使用を一時的に禁止したEU諸国やCCDの発生したアメリカでさえも数が増加している。
ミツバチの増加移行
世界のミツバチの群数の推移

なぜ減少していると騒がれるのか?

実際世界的に見てもミツバチの数は増加しているにも関わらず、テレビや雑誌、ネットなどの一部メディアはではミツバチの数が減少していると騒がれていて、特にネオニコチノイド系農薬が影響していると取り沙汰されている。

それにはいくつかの理由が考えられる。先ず1つに世界的に見てハナバチが減少していることから農業界ではミツバチをポリネーターとして導入し、代替してきた背景があり、農業生産額を左右する重要な動物として見なされてきた。
そのため畑内のミツバチを保護するために農薬の使用を制限する動きが自然と発生した。畑内にミツバチの巣箱を置き、そこで農薬を使用すればさすがに暴露(細菌やウイルスにさらされること)する。その限られた環境下における農薬制限の話とハナバチの減少ということから、それら問題が混同され、ミツバチの減少が農薬によるものだという誤解が独り歩きしてしまった。

2つ目は世界的に農薬や化学肥料を使用しないオーガニック思考が高まっている中で、農薬によるミツバチの減少が限定的なものであるという研究報告は農薬肯定派としてのレッテルを貼られてしまい、その分野における研究が積極的に行われていないという事実もある。

最後、3つ目は世界各国の環境保護団体は農薬(特にネオニコチノイド系)の使用制限を訴える上でミツバチの減少(実際は減っていない)は自分たちの主張を正当化する上で非常に有用なデータであったということである。

そのような背景があり、ネオニコチノイド系農薬の影響によりミツバチが減少していると一部メディアでは報じられているのである。

ネオニコチノイド系農薬の影響

代表的なネオニコチノイド系農薬
Dicks(2013)、Henry(2012)は研究報告の中でネオニコチノイド系農薬がミツバチにネガティブな影響を与えるとしている。しかし、ネオニコチノイド系農薬を自然界では摂取し得ない暴露レベルの過剰な量を与えた結果であると、その結果の不自然性についてMaj(2015)らは指摘している。

ネオニコチノイド系農薬が付着した植物から蜜、花粉を摂取した個体が暴露する可能性が示唆されていたが実際、Schmuck(2001)、Schneider(2012)らの実験によりその影響はごくわずかか、ほとんどないと報告している。

Cutler(2014)によれば、トウモロコシや菜種の種子をネオニコチノイド系農薬で被覆して播種をし、剥がれた被覆が影響しているということについて被害レベルは高くなく、むしろ非ネオニコチノイド系農薬が原因であっと発表した。なお日本では種子被覆にそれら農薬は使用されていない。

日本では稲作においてカメムシ防除のためにネオニコチノイド系農薬が使用される。その際、植物体からネオニコチノイド系農薬が暴露されるのではなく、ネオニコチノイド系農薬が融解した水面から暴露されるとされている。しかし、ミツバチは社会性昆虫として役割が明確に分かれており、コロニー内で集水を担当する個体も限られおり、集水時における暴露する個体もかなり限定的で、壊滅的な影響を与えるほどではない。

巣箱周辺環境
暴露被害のあった巣箱周辺の作物被害の割合

このようにネオニコチノイド系農薬におけるミツバチの影響は多く研究されてきているが、個体にネガティブな影響を与えるのは実験室内の限られた条件下でしかなく、今のところ野外、とりわけ自然界においてネオニコチノイド系の農薬が影響しているという確からしい研究報告はない。

さらに、ミツバチが農薬による被害を受けたとされる報告は1881年が最初で、ネオニコチノイド系農薬が普及した1980年以前に既に報告をされている。そのためネオニコチノイド系農薬だけが取り沙汰されているように悪影響を及ぼしているのではなく、それ以前から使用されている農薬の影響のほうが大きいという見方が正しいのではないだろうか?

EU・オーストラリアでの動き

農薬散布の様子
EUではネオニコチノイド系農薬のうち3種の使用を2013年12月から使用を禁止(正しくは制限)した。先ずここでポイントとなるのはネオニコチノイド系農薬が直接的な原因によりミツバチが減少したため使用を禁止したのではなく、使用制限がどの程度ミツバチに影響を与えるのかの調査を目的としたものである。
一部メディアでは、減少の原因がネオニコチノイド系農薬であり、そのため使用を禁止されたと報じられているがそれは誤解である。

2年間制限をかけたことにより、EU諸国内のナタネ栽培地でノミハムシが発生しナタネ栽培農家が深刻なダメージを負った。本来ネオニコチノイド系農薬であれば1度の散布でそれらを防げたところ、代替した農薬の散布が複数回行われ、ミツバチへの影響リスクはかえって高まったと報告されている。
さらに、ナタネの減少はミツバチにとって春の重要な蜜源が減少したこともありミツバチ保護という観点からかえって逆の結果をもたらしとまで指摘されている。特に過去複数回ネオニコチノイド系農薬の禁止に踏み切ったフランスではミツバチヘギイタダニが広がっており、ミツバチの不調は続いている。
これはネオニコチノイド系農薬禁止に至ったまでの科学的な実験、根拠が十分でなかったこと、代替農薬の使用に関する指導が十分ではなかったことが原因とされる。

一方でオーストラリアではネオニコチノイド系農薬が他の農薬以上にミツバチに対してリスクがないこと、ネオニコチノイド系農薬が作物保護のうえで有用であると発表し、現在禁止などの制限をかけていない。実際、オーストラリアではフランスで猛威を振るうミツバチヘギイタダニは発生してない。

このようにEU、韓国、アメリカの一部州ではネオニコチノイド系農薬の使用を制限(または禁止)しているが、それぞれの国において十分な研究報告が出ていないことも事実であるが、EUとオーストラリアでは環境もまた大きく異なるため制限が必ずしも同じ結果をもたらすわけではないことを留意しておかなければならない。

今後

世界各国ネオニコチノイド系農薬とミツバチの関係についての研究が行われているが、未だに科学的な結論は出ていない。一方、一部メディアで報じられているようなネオニコチノイド系農薬によりミツバチが減少しているという事実もまた存在しない。そのため、本記事もネオニコチノイド系農薬を肯定する、否定するものではないが、今メディアで報じられているような一方的にネオニコチノイド系農薬を悪とするという偏ったことを述べることも危険であると考えられる。実際、フランスではネオニコチノイド系農薬を禁止したタイミングからダニが多く発生しているという事実も存在する。

また、EU、アメリカ、オーストラリア、アジアにおいて農法や環境も異なり必ずしも各国のデータがその国において合致するわけではなく、各国の環境下におけるデータ蓄積が重要になる。

一方でミツバチを保護するということは、農薬の使用を禁止するという一面的な話ではない。
例えばミツバチがポリネーターとして存在することで周辺の植物は受粉が容易に行われ、生産性が増す。ミツバチを保護することを目的に蜜源植物を維持保全すれば、それが生態的にプラスな面を与えたり、景観を良くしたりと環境や人間の生活環境にもプラスの影響を与える。更に、ミツバチがもたらすハチミツは甘味としてだけでなく様々商品に加工され養蜂をしている地域の重要な資源となる。

今は残念ながらミツバチを保護することが目的ではなく、いつのまにかネオニコチノイド系農薬を禁止することが目的となっているのではないだろうか?今後正しいデータと情報が救命され、本来あるべき保護活動が講じられることを期待する。
ミツバチと菜の花

▶関連記事
2018.01.18
【要約】Agricultural fungicide attracts honey bees(農業用殺菌剤はミツバチを引きつける)

2018.03.12
日本の残留農薬基準は本当に世界と比べて甘く危険なのか?