農人No.07 ドローン・ジャパン株式会社代表取締役社長 勝俣喜一郎

勝俣さん

 今回紹介する農人はドローン・ジャパン株式会社代表取締役社長勝俣喜一朗さん。勝俣さんはMicrosoftを退社後、ドローンを使用した農業支援事業を手がけている。勝俣さんがなぜMicrosoftから完全に異業種である農業界に飛び込んだのか?話を聞いた。

▶お父さんについて農家さんを回る
 勝俣さんが農業に興味を持つきっかけは昭和40年代に遡る。昭和40年代は農業の近代化・機械化が進む全盛期であり、勝俣さんのお父さんは大手農機具メーカーに勤務されていた。お父さんの営業で農家さんのところに行く際、勝俣さんもついて行くという幼少期を過ごしていたという。
 
 そこで、お父さんには常々「これからの時代は近代化ではない。生産者が主役になるときが来る。生産者をもっとリスペクトしないといけないよ。」と言われていたという。当時は農業の近代化・機械化の全盛期。その中でお父さんに言われたことの真意はまだ小学生になる前のことで当時はどういう意味かは分からなかったが、そこからぼんやりと農業について関心を持つようになったという。
農作業をする人
 農業に対してぼんやりと関心を持つようになった勝俣さんだが、大学では法律を学び、当時まだ200名弱のスタートアップだったMicrosoftに入社した。当時は日本のPC技術を世界に広げ、1人1台PCを持つ時代を作ることを「粋」と感じていたという。特に、当時はまだソフトウェアに対する法律が体系化されておらず、ソフトウェアの特許の時代が来ると思い、ますますMicrosoftの仕事に没頭していった。
 しかし時代が進むに連れ、徐々に日本の技術が世界で盗まれる時代が来たことに危機感を覚えるようになった。そこで改めて日本のモノづくりについて深く考えるようになったという。

▶日本のモノづくりの3つの価値
 モノづくりについて深く考えていくと日本のモノづくりは3つの価値によって成り立っていることだと気付いたという。その3つは下記のようなものである。
1:長い視点で考える
 日本のモノづくりは3ヶ月先の売上や利益を重視する欧米型のものではなく、人材育成や投資などを踏まえた長期的な視座にたって考えることがベースにある。
2:人の役に立つ
 人に利して、自分が利するという考えた方が重要。つまりは儲かる商材を作るのではなく、人にとって役立つ商材を作ることで、最終的に自分が儲かるようになるという考え方をしないといけないというもの。
3:本業を常に大切にする
 
 日本のモノづくりは1つの本業(芯)を常に大切にしていて、それを極める、磨き続けるというという考え方があり、それができる土壌もある。例えば職人のように何十年とかけて1つのものを極め磨き上げるというようなもの。

 勝俣さんはこの3つが日本のモノづくりの価値だと考えたときに幼少期にお父さんが言っていたことが結びついたという。
 「自分自身で日本のモノづくりはこの3つの価値によって成り立っていると考えたときに昔のぼんやりしていたものが結びついたんです。農業って究極のモノづくりだろう?って。」と勝俣さん。このとき初めて幼少期のもやもやに対する答が見つかった気がしたと話してくれた。
 
▶本質的なモノづくりのスピリッツで仕事を
ドローンを飛ばす勝俣さん
 日本のモノづくりについて深く考えたとき、幼少期のもやもやに対する答が見つかったという。そこから勝俣さんはMicrosoft内でも考え方や働き方が変わってきたという。その思いで起ち上げたのが「WDLC」である。当時は各メーカーが市場のシェアをどれだけ取っていくか?という思想だったが、長期視点にたってWindowsが人々の生活をどれだけ充実させていくか?つまり市場の総和をどれだけ大きくしていくのかという取り組みだという。

 「Microsoftも外資系企業ですから、3ヶ月先の売上や利益を重視する部分はあります。だけど、それは日本のモノづくりとは全く逆だなと思っていて、会社の方針と当時は真逆にいくような事業をたちあげて、それがWDLCです。」
と教えてくれた。その他にも、2011年、震災のときにはPC3000台を集め、それを使えるボランティアスタッフを現地に派遣し、PCで解決できるような取り組みもしたという。これも目先の利益を追求するではなく、長期的な視座に立ち人の役に立つという発想である。
 
 勝俣さんがWDLCを起ち上げ、Microsoft内でも日本のモノづくりの価値観を持って仕事に没頭していた2008年リーマンショックが起きた。当時は日本中の企業がその煽りを受け、先行き不透明な悲壮感が漂っていたことは記憶に新しい。
「確かに世間も会社も悲壮感が漂っていました。でも自分はこれがチャンスだと思っていたんです。なぜなら欧米型の目先の利益を追求する価値観ではなく日本のものづくりのような本質的な価値感が注目される時代が来ると確信したからです。」と勝俣さんは話してくれた。

 リーマンショック以降ますます日本のモノづくりに対する情熱が湧いてきて「日本のモノづくりを世界に」というモチベーションが再燃してきたという。そこから日本のモノづくりの原点である農業を世界に魅せていくということを考えるようになり、2014年にMicrosoftを退職した。

▶日本のモノづくりの価値観を農業に融合
田んぼとドローン
 退職後は日本の農業、もっと言えば自然を大切にするという考えが今後大きなテーマとして使命感になってきたという。その中で日本のモノづくりの価値観を農業にどう活かすか?ということも考えていた。そしてそれを実現するソリューションとしてドローンが見えてきたという。

 「ドローンはあくまで手段であって目的は農業にあります。今までは経験とか知恵とかかなりアナログ的な手法で管理されていましたが、それを定量化し、土壌生物と収量や味の相関を取ることでより良いお米を作ることができるようになります。その上でのデータ収集としてドローンは非常に有用なんです。ドローンはあくまで情報を収集する手段なんですよ。」と勝俣さんは話してくれた。

 ドローンによる空中からの画像データや土壌中の生物との関係性をデータ化することで、イネの状況が見える化する。本来無農薬でお米を作ろうとすると、イネの確認など慣行農法で作るよりも数倍の労力がかかる。しかしドローンから収集される画像データを見ればほ場のどこで病気が発生しているか?とかどこで虫食いが発生しているか?など発見することができる。それにより今まで難しいとされた無農薬栽培のお米作りも可能になってくるという。こうして勝俣さんのドローンを通じて日本の農業を支援していく事業が始まった。

▶農家さんから米払い
農家さんと勝俣さん
 農業×ドローンはここ2-3年目にする機会が多くなっているが、農家さんの反応をうかがった。
「当初は全然受け入れられないと思っていましたが、予想以上に受け入れてくれます。これだけ後継者がいないという農業界ですからそれに変わるIT技術の導入に対する議論は待ったなしという感じですね。周りが思っている以上に農家さんのIT化は進んでいますよ。」
 
 ただ今はまだスタートしたばかりということもあり、ドローンを導入したからといって直ぐに収量が上がるものではなく実際3年くらい見ないと費用対効果は分からないという。そのようなこともあって、興味関心を持ってくれる人は少なくないが実際導入までしてくれる件数で言うと実際かなり減るという。
 それでも導入してくれる農家さんもいらっしゃり、その農家さんもIT技術を導入することで今の状況をなんとかし、日本の農業を世界にと真剣に思っている人たちだという。

 「費用対効果がまだ分からない中で導入してくれる農家さんもいて、製品やソリューションとかではなく想いに共感してくれた人が導入してくれています。そういう農家さんはお客さんではなくプロジェクトパートナーと呼んでいるんです。一緒に先を見据えて動いていきましょう!といった感じですね。」と勝俣さん。
 
 「しかし、それでもなかなか導入費も安くないので、私はドローンを使って育ったお米をドローン米としてその農家さんから市場の2倍の価格で買取ってるんです。今お米が5トン在庫していますよ。」と勝俣さんは笑った。
 
 ドローンを使い農薬を使用せずに育ったお米を市場の価格の2倍で買い取っているというドローン・ジャパン。ドローンを使い無農薬で作ったお米はそれだけ価値があるもので、消費者に頭を下げて買ってもらおうのではなく、自分たちが良いと思ったものを適正な価格で売るある意味、究極のプロダクトアウトである。今は商品やサービスが消費者に偏り過ぎていてその結果が日本のモノづくりの精神が失われたきっかけになり、もっと生産者は作ったものに自信をもって、その価値観に共感が得られるようにしていかないといけないと勝俣さんは話してくれた。

 農家さん向けの生産サービスを提供するサービスは多いが、できた生産物まで買取るという会社は聞いたことがない。それは勝俣さんの長期的な視点で人の役に立ち、芯を磨くという日本のモノづくりの精神がなせることなのかもしれない。

編集部後書き
 Microsoftから農業、ドローンとどういう想いでそこに至ったか?が今回とても興味のある部分で、取材のほとんどがそこに関する話であった。しかし話を聞くと日本のモノづくりの原点は農業であり、日本の農業が世界に認められるという考え方はとても腹落ちした話であった。今後勝俣さんの考えかたに共感する人がどんどん増えてくるかもしれない。

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