農人No.08 くにたち はたけんぼ 小野淳

小野さん

 今回紹介する農人は東京都国立市で「くにたち はたけんぼ」を運営している小野淳さん。小野さんは面積も小さく、法制税制が複雑なため貸借も容易ではない、一般的に不利とされる都市農業に活路を見出し、コミュニティ農園はたけんぼの運営をしている。そんな小野さんに都市農業の面白さと可能性をうかがった。

▶生きていく力がまるでないと気づいた
 神奈川県出身の小野さんは、実家が農家だったり農学部出身だったりしたわけではなく元々農業に精通していたわけでもない。キャリアは大学卒業後、テレビ制作の会社に就職し、様々なテレビ番組の制作に関わってきた。このときも農業の番組の制作に関わっていたわけではないという。

 そんな小野さんがあるタイミングで農業に関心を持つようになる。
それは番組制作の仕事をしているときにフィリピンの森林破壊について取り上げたときであるという。
「当時から地球環境の問題が騒がれていました。ただ、何が問題なのか?という本質的なことは自分でもはっきりと分かっていなかったんですよね。だから実際フィリピンに行ったときも森林が破壊されていて、まずいなと思いつつ根本的に何がまずいのか分からない、もちろんどう改善すればいいのかもわからない。そういう自分自身がまずいなと思いました。人として気づく力(センサー力)、もっと言えば生きていく力が全然ないなって・・・」
と小野さんが話してくれた。東京という日本一の発信地でテレビ番組を制作し放送することで物事の本質を伝えていく立場にありながら、実際生きていくということを考えたときにその力が全然ないことに気づいたという。
 生きていくことは食べること、そしてその食べ物を作るために農業という産業がある。そんな当たり前のことを知らずして地球環境や食の問題についての本質に迫れるわけがないということに気づき、始めて農業に関心を持つようになったという。

▶30歳で農業界に参入
はたけんぼでの収穫の様子
 小野さんはフィリピンでの経験を経て、いても立ってもいられずテレビの業界を離れ農業界に足を踏み入れた。先ずは、農業の技術を学ぶために農業生産法人へと転職する。
「実際、畑に出て農作業するなんて初経験でした。初めてだからわからないことだらけで本当に手探りでした。そして、朝早くから遅くまで仕事しても利益が全然出なかったり、暗くなるまで農作業してトラクターで夜道を走っていたら追突されて死にかけたり、本当にしんどい世界だなって感じました。」
と小野さん。しかし、そんなしんどい世界でありながら、日差しを浴び土に触れ、やりがいも感じていたという。一方で生産法人としてしっかり売上や利益を上げる必要があり、どうしたら生産の効率を上げるか?と考えていた。
「毎日、そんなことを考えていたんですけど、途中あることに気づいたんです。農業っていわゆる田舎と言われる地方で行われていますけど、その農業を決めるのは都市だなと。」
どういうことかと言うと、地方で生産された野菜や果物の多くは東京や大阪などの都市部で消費されている。つまり消費地の需要によって供給側の農業が決まるということだ。例えば、都市部の人が毎食ほとんどをコンビニなどを利用するならコンビニ弁当用の野菜を中心に生産しないといけないし、スーパーマーケットなどの店舗で食材を購入し調理するのが主流であれば大手卸し向けの生産。農家から直接野菜を購入するライフスタイルが主流であれば、直売向けの野菜を作れば良いというものである。野菜がどう売られ、どう食べられるのか消費のあり方によって生産のあり方も大きく変わる。つまり都市部の食生活がどうあるのかによって農業のあり方が規定されるという考え方だ。
 
 そして小野さんは農業の未来を考えたときに、農業をどうするか?ではなく都市をどうするか?と考えるようになったという。
「幼少期にどんな体験をして、何を食べたか?が大事だと思うんですよね。だからこそ都市のような生活の身近に農業があるべきだと思ったんです。そこから都市農業についてますます考えるようになりました。」
と小野さんは考えるようになったという。

▶「くにたち はたけんぼ」をスタート
くにたちはたんけんぼ
 小野さんは都市農業について考えながら、別の生産法人へ転職したのち、独立する。小野さんが現在運営するのは東京都国立市にあるコミュニティ農園「くにたち はたけんぼ」である。はたけんぼは南武線谷保駅から徒歩約10分ほどのところにある約1反(300㎡)ほどの畑だ。NPO法人くにたち農園の会が運営し小野さんはその理事長を務めている。

 「すごく荒く言えば畑の生産額は単価×収穫量で決まります。だから、農作物の単価をあげるか栽培面積を増やす必要があります。ところが都市部周辺では土地を集約しにくく栽培面積は広げにくい。そして単価にも限界がある。そんな都市農業は一般的には不利なんです。」
と小野さんは都市農業の現状を話してくれた。

 国立市の谷保駅周辺は、都心部に比べれば田んぼや畑など農地はあるが、それでも家やマンションなども多く建てられている。一般的にこのような地域で農業をすることは不利と言われている。それにはいくつか理由があり、1つは住居環境が近いため土埃や農薬散布などクレームを受けることがある。また都市部の畑では基本的に宅地に転用されることが前提となっている土地も多く、生産性をあげるために農地をまとめて集約できなかったり、そもそも地価が高いので複雑な法制税制に縛られていて地主以外が農業を営むことは非常に困難だ。。詳しくは今回インタビューした農人小野さんが書かれた「東京農業クリエイターズ」を参照していただきたい。

 しかし、その中でNPOとして国立市を通して農家から農地をかりて「はたけんぼ」は開設された。小田んぼ、畑、BBQスペースがあり土管や手作りの遊具、ポニーがいる。年間5,000人以上の利用者がおり、畑での婚活イベントや忍者体験イベントなど少し珍しいイベントが開催されている。
「スペースが限られていることもあり、例えば1個100円のトマトを10個収穫体験できて1,000円とかやっても、それでも利益ベースに乗っけるのは難しいですが、1個100円のトマトでもそれをどう取って、どう食べるか?という徹底的に考えて、その体験を素晴らしいものにすることで1個100円のトマトが何千円にもなるんですよ。そう考えると今度は不利と言われた都市農業が一気に有利になるわけです。居住地に近く気軽に農業が体験できる、収穫量や面積に関係ない収益モデルが作られる。だからアイデア次第ですごく面白いんですよ。」
と小野さんは話してくれた。つまり、収量で勝負するのではなく畑での体験を提供することで、収益をあげるというモデルである。

 そして、それはビジネス的に考えたときに有利というだけでなく、都市生活の中に農を組み込み、農のある暮らしを体験することは生きる力(気づく力、センサー力)を身につける上でも非常に重要なことだという。
「人間って何事でもそうですけど、知っていても実際の経験がないと正しい判断ができなかったりしますよね?例えば、農薬や添加物が体に良くないという知識ばかりがあっても実際に畑で野菜がどうできているかは全く知らないということもあるでしょう。それで果たして健全な食生活を選択すことができるのか疑問です。・・・だからどんな小さなことでも良いのでそういった経験をすることが大事だと思います。」
と小野さんは話してくれた。

 小野さんが運営するはたけんぼでは、婚活イベントのような大人向けのイベントもあるが、それ以外は親子向けのイベントが中心になるという。それは幼少期に少しでも農に触れ、自分で考えたり、学んだりする機会を持ってもらいという小野さんの想いからだという。
「小さいうちにどんな経験をするかはとても大事だと思います。食育という改まった言い方は好きではないんですが、自分で育てて、自分で収穫して自分で料理して食べることで初めて理解できることもあるわけです。」
と小野さんは話をしてくれた。

▶東京アーバンアグリツーリズム
くにたちはたけんぼでの集合写真
 都市農業は非常に多くの可能性を秘めていると小野さんは語ってくれた。はたけんぼはある種そのモデルケースになっている。しかし小野さんは、都市農業の可能性を広げるべく次の取り組みも企んでいる。
「東京23区のの面積の1%は農地なんです。少し郊外に行けば街の面積の10%ぐらい農地が残っている。、世界的に見ても東京という都市には、農地が身近に存在する珍しい都市なんです。実はそこに今目をつけていて東京アーバンアグリツーリズムを展開しようと思っています。」と小野さん。

 小野さんははたけんぼから徒歩5分程度の場所にある古民家を活用し食堂もスタートさせている。「田畑とつながる子育て古民家つちのこや」と名付けられたその場所は2人の料理人が日替わりでやってきて、料理を提供する、さらに小さい子どもと安心して過ごせる場でもある。
 今後は民泊新法を使ってゲストハウスを開設して、宿泊と農業体験など海外の旅行客にも目を向けて事業を展開していきたいという。
「東京は経済や文化の町というイメージですが、実際は数百年の歴史をもつ農家や農地も存在する珍しい都市なんです。そこを世界に発信していけるようなサービスを展開して、東京は農業もある都市と認知度を広げ、強いては都市農業の可能性も広められれば良いなと思っています。」と小野さん。
 
 今は地元、一橋大学の学生団体「たまこまち」とも連携して海外のお客さんを案内する企画を練ったり、谷保エリアだけでなく他のエリアとも交流しサービスを作ったりしているという。
 都市農業という土地や条件が限られ一見厳しいようにも感じられるが、見方を変え、アイデア1つで全く新しい価値を生み出せる非常に可能性のある農業方法である。そして小野さんの言う農業にふれる機会を増やすことで、農業のあり方や、都市部で生活する人の生き方が変わってくるかもしれない。

▶編集部あとがき
 話を聞くまで東京で農業となかなかイメージがつかなった。しかし東京だからこそできる農業があり、それはただ生産するだけでなく、これからの都市、もっと言えば日本の未来を支え豊かにする可能性を秘めていることを教えてくれた。今後小野さんの活動はますます広がっていくだろし、それが楽しみである。

▶関連記事
2018.07.23
好評新刊! 注目の都市農業ビジネスを東京で実践するための指南書『東京農業クリエイターズ』

2018.06.26
書籍紹介【東京農業 クリエイターズ】

2018.03.12
都市農業を推進!生活クラブ農園・あきる野【生活クラブ生協・東京】