8月農水省は平成28年に食料自給率は38%と発表した。近年日本の食料自給率は40%前後を推移しており、他の先進国と比較してもかなり低い数値となっている。この数値が低いことは日本の農業という産業が衰退している、更にはこのまま農業が衰退すると日本は食糧に困るという論評がここ数年メディアを騒がせている。
しかし、食材廃棄など食品ロスの問題も存在し、一方では生産力が落ちていると報じられ、一方では食品が余っていると報じられており、矛盾が生じている。本記事では「食料自給率」に着目し、なぜそのような矛盾が生じているのかについてと、食料自給率の低下が本当に農業の衰退と同義なのかについて解説する。
・食料自給率の計算方法
・食糧が余っている?
・食料自給率の低下=農業の衰退?
・食料自給率の低下=食の変化?
食料自給率の計算方法
食料自給率とは国内で消費される食物のうち、国内産が占める割合のことを指す。食料自給率は主に2つに分かれ、1つは純粋に重量ベースで算出する「品目別自給率」。もう1つは「総合食糧自給率」で、「総合食糧自給率」は更に重量を供給される熱量(カロリー)に変換した「カロリーベース総合食糧自給率」と、生産額ベースで算出される「生産額ベース総合食料自給率」に分けられる。(図1)
メディアなどで言われている「食料自給率が40%を切った」というのはカロリーベースを元に計算される「カロリーベース総合食料自給率」を指し、これが単に「食料自給率」と呼ばれている。
それぞれの計算方法は図2の通りである。
先ず、品目別自給率は重量ベース国内生産量を国内消費仕向量で割った数値で求められる。国内消費仕向量は「国内生産+輸入量−輸出量±在庫量」に分解される。
生産額ベース総合食糧自給率は、「農業物価統計」の農家庭先価格等に基づき、重量を金額に換算し、国産生産額を国内消費仕向額で割った数値である。
最後にカロリーベースの計算方法について少し詳しく解説をしておく。カロリーベース食料自給率は「1人1日当たり国産供給カロリー」を「1人1日当たり供給カロリー」で割った数値で求められる。具体的な数値を当てはめると、1日に摂取したカロリーが2,429カロリーだとして、そのうち913キロカロリーが国内産であった場合、食料自給率は38%となる。
また、この計算の中で牛肉や豚肉など国内で生産され、流通した肉であっても、それら家畜が育つまでに食べた飼料(エサ)が輸入飼料であった場合、国産としてこの計算式には含まない。すなわち、日本で生まれ育ち、国産肉として出荷された肉でも輸入飼料を食べて育った家畜は、カロリーベース食糧自給率という計算方法では0キロカロリーということになる。
食糧が余っている
カロリーベースの食料自給率についてもう少し細かく解説をしていく。カロリーベース食料自給率は前述した通り、「1人1日当たり国産供給カロリー」を「1人1日当たり供給カロリー」で割った数値で求められる。
農水省によれば平成28年の分子にあたる「1人1日当たり国産供給カロリー」は913キロカロリー、分母にあたる「1人1日当たり供給カロリー」は2,429キロカロリーである。カロリーの算出方法は機密とされている。
一方で厚生労働省(平成27年度)による実際の摂取カロリーは、男女年齢による差があるものの、最も高い数値である15-19歳であっても2,243キロカロリーである。平成28年と27年の比較になるため一概に比較はできないが、農水省と厚生労働省では約200キロカロリーの差が生じている。しかし最も高い数値である15-19歳までの数値を比較しているためその差は200キロカロリーだが、20歳以上の平均値は1,898キロカロリーと農水省の発表数値との差は531キロカロリーである。女性であれば一食分のカロリー程度の差がある。
この数字の差は一体何であるのか?それは改めて、図2の「カロリーベース総合食料自給率」を良く見てもらいたい。分子と分母どちらにも「供給」と書かれており、「摂取」とは書かれていない、すなわち約500キロカロリーあまりが摂取されずに「廃棄」されているということが予想される。具体的には調理過程で捨てられる部位や、食べ残し、賞味期限切れで捨てられる食材などである。
食糧自給率が38%という数値は先進国の中でもかなりの低水準にあり、食糧として危機的な状況のように見えるが、実際は1日1人あたり500キロカロリー以上の食材が過剰供給されている。
食料自給率の低下=農業の衰退?
カロリーベース総合食料自給率を因数分解すると図3のようになる。図3を見ると分かるように分子は国内で生産されている農作物(肉、牛乳等を含む)と言い換えることがでる。そして、分母は前述の通り国内で供給されるカロリーである。
分子と分母で同じカロリーという単位で計算されているが、分子と分母は意味合いが少し変わってくる。つまり食料自給率が下がってくることが一般的に農業の衰退と言われているが、分母には廃棄される500キロカロリー以上の食材が含まれており、その分だけ国産の生産量は過小評価されている。
浅川(2011)によれば、分母を実際に摂取しているカロリーに変更した場合、国内の食料自給率は55%前後になるとされている。
また、これは余談であるが、輸入飼料を使って家畜を育てている家畜農家は計算上0キロカロリーの豚肉や牛肉を供給していることとなる。また、国産と輸入の飼料では価格差が5-10倍以上の開きがあり、我々が普段食べている野菜や肉の国産と輸入品の差は精々2倍程度で、その比ではなく家畜農家が国産飼料に100%切り替えていくことは並大抵なことではない。そのため家畜農家に対して国産の飼料を推奨することは気安く言えることではない。しかし、輸入飼料か国産飼料で育ったかに関わらず、国内で飼育され流通している豚や牛のカロリーも含めればその食料自給率は数値は更に伸び、国内のカロリーベース食糧自給率は先進国の中でも中程度の水準に位置づけされる。
今後もカロリーベースの食料自給率で日本の農業衰退を語っていくのであれば、廃棄となるカロリーも除外し、輸入飼料で育った家畜類も含めばあっという間に食料自給率は50%を超えることとなる。そして、食料自給率の低下が農業の衰退ではないということは理解頂けたことと思う。
食料自給率の低下=食の変化?
カロリーベースでの食料自給率が農業の衰退となる重要な指標とは必ずしも成り得ないというのは前述したとおりである。
しかし、もう1つの食料自給率である「品目別食料自給率」も年々低下しており、その低下理由について分析した研究結果がある。
廣瀬(2015)らは「品目別食料自給率」について図4で示すように因数分解し、国内生産量(生産要因)と国内需要量(需要要因)に分けて過去のデータを分析した。生産要因とはいわゆる農業の生産量の変化による要因で、需要要因とは我々一般の消費者の消費量などによる要因である。
その結果、品目別食糧自給率の低下は生産要因よりも需要要因の影響が大きいことが分かり「日本の食料自給率は、長期で見ると農業の生産要因よりも消費の需要要因により大きく影響を受けやすい指標である」という仮説を支持した。
更に廣瀬(2016)らはこの研究結果を踏まえ、将来的に2060年までに食料自給率がどのように変化するかについて予測モデルを作成し分析した。分析の結果、2060年までに食料自給率は農業の生産要因よりも消費の需要要因のほうが影響を与えると指摘している。
メディア等で一般的に言われているように食料自給率の低下=農業の衰退ということは言いにくく、また今後農業の衰退如何よりも我々の消費活動、すなわち食生活が食料自給率に影響を与えている。すなわち、農業の衰退について政策を行うより、食生活への何らかのアプローチのほうが効果的である。
しかし、これはあくまで食料自給率を中心に考えた時の話である。食料自給率はあくまで1つの指標に過ぎず、それだけ今後の政策を決定づけるものではない。ただ、それと同じように食料自給率だけを持って農業が衰退していると指摘することも言いにくい。
また前述の通り農家が一生懸命生産する一方で多くの食材が廃棄されているという実情もあり、「食糧自給率が低下していることは農業、農家のせいだ!けしからん」「これだけ食糧自給率が低下していて農水省は何をしているんだ?」ということもややお門違いに聞こえる。だからと言って、これだけ食生活、特に食において多様化な時代において日本国産のもののみを選んで食べるということが食生活が豊かであるとも言い難い。
食糧自給率が仮に今後も重要な指標であり、目標で成り得るか置いておいて、農業や行政のせいにするのではなく、国産、輸入に限らず目の前にある食べ物を残さず食べるということが長期的に見れば今後の「食糧自給率」の向上につながるのではないだろうか?
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2017.08.09
平成28年度食料自給率は38%