農人No.12 株式会社インターネットイニシアティブ IoTが農業の課題を解決する

今回紹介する農人は株式会社インターネットイニシアティブ(以下IIJ)で農業IoTに取り組む斎藤さんと花屋さん。インターネット接続サービスを提供する会社がなぜ農業に参入したのか?そして農業IoTの可能性について話をうかがった。

IIJという会社
 まず初めにIIJという会社の事業内容を簡単に紹介する。IIJはインターネット接続サービスやネットワーク関連サービスの提供を行う会社で、1992年に創業し、日本初のインターネット接続サービスを商用提供した会社である。その後もクラウドサービス、セキュリティサービスなどインターネット業界の先駆者として業界を牽引してきた会社である。現在もインターネットを中心に様々な事業を展開しており、その卓越した技術をもって様々な業界で活躍している。

農家さんの熱意に押され農業IoTが始まる

 IIJは現在静岡県磐田市、袋井市で、IoTを用いた田んぼの水管理の実証試験を行っている。IoTを用いた田んぼの水管理を簡単に説明すると田んぼ中にセンサーを設置し水位・水温を測定する。その水位・水温データを収集・可視化しすることで、ネットワーク経由で遠隔から給水を行うというものだ。プロジェクトは平成29年からスタートし現在3年目を迎える。

 しかしIIJは元々農業IoT分野に参入する予定があったわけではなかったという。IIJが別の業界向けに開発していたシステムが農業分野にも活用できることがわかり、それがきっかけとなり農林水産省の委託事業に応募することになったという。

 当時IIJとして、またプロジェクトを推進していく斎藤さんも農業とは関わりはなく、ましてや農家の知り合いもおらずどこから始めれば良いか分からなかったという。
「農家さんのつながりもないし、農業と一言で言っても広すぎるからどうしようか?って感じでした。先ず畑のこととかも全然分からないし、どこから手をつけようかな?って・・・」と斎藤さんは話してくれた。
 
 そんな中、縁あって静岡県の農家さんを紹介してもらい話を聞くこととなった。一般的に農業界におけるIoTはセンサーなどから情報を集積し、そのデータを元に別の機器を動かしたり、ビニールハウス内の温度を管理したりするなど”効率化”の文脈で導入されることが多い。しかし、そこで袋井市の農家さんに言われたことは効率化とは全く異なる文脈であった。
「効率化したいとかでなく、これから農業人口が減っていく中で農家さんたちは自分たちの米作りのノウハウ、もっと言えば文化をどう残していくか?ということを本気で考えていたんです。IoTを導入すればただ効率化するだけでなく自分たちのノウハウや文化を後世に残せると・・・それを聞いてやろう!って思ったんですよね。」と斎藤さんは話をしてくれた。

 田んぼの水管理は難易度が高い領域であることから、実は他社もあまり積極的に参入していない領域であるという。IIJとしてIoT の技術こそあれど農業界への参入は初めてでいきなり水田の水管理はどうか?という議論もあったそうだが、最終的には袋井市の農家さんの熱意に強く共感し、田んぼの水管理をIoTで行うというプロジェクトを発足させたという。

農家さんと二人三脚で実証試験を行う

 こうして平成29年にIIJは農業ITベンチャーの笑農和やトゥモローズ、静岡県らとともに「水管理ICT活用コンソーシアム」を結成し、静岡県磐田市、袋井市でIoTを用いた田んぼの水管理の実証試験を開始する。実際試験を始めてみるとやはり難易度が高いものであった。

 先ず、野外であることからセンサーを設置しても風で倒れたり、泥をかぶったりと物理的な課題もあったという。更に、水田は生育によって水位を高く維持しなければならない時期や、水位を低くしないといけない時期があり、一定の水位を保てばよいわけではない。
「正直、屋内の栽培作物だったらどれほど楽だったかって思ってしまいましたよ。屋外だと風とか雨とか説明変数が多すぎるんですね。めちゃくちゃ難しいわけですよ。」と斎藤さん。
 
 更に、笑農和が開発するパイプライン水路向けの自動給水弁を取り付けるバルブも農家さんによって規格がバラバラであったそうだ。バルブごと取り替えてしまうという手もあるが、それにはユンボを用いた工事が必要になりコストと時間もかかることから、製品化した際に取り付けコストがかかり結局導入できないということが考えられるという。このことから、異なる規格のバルブでも外付け可能な自動給水弁を導入した。

「予算が無限にあれば、すごく頑丈なセンサーを入れてバルブも取り替えれば良いですけど、それだと誰でも導入できるわけではないですよね。ビジネス的に展開しにくいって言えばそれまでですが、やっぱり農家さんが言うように稲作のノウハウと文化を残すには誰もが使える低コストな仕組みでないといけないんですよ。」と話をしてくれた。

 実証試験を始めてみるとそのような課題に何度もぶつかり、その都度改善を加え管理できるようにしていった。
「普通であれば農家さんに怒られますよ。使えるサービスを持ってこいってね。でも、静岡の農家さんは違ったんです。稲作のノウハウと文化を残すために一緒になって考えてくれたんです。文句どころかこうしたほうが良いとか、改善のアドバイスまでくれて。これは我々もモチベーション高くなりますよね。」と花屋さん。
 
IoTを用いて地域のデータを集約

 農家さんと二人三脚で実証試験を行ってきたIIJ。実証試験も3年目を迎え実用化に向けた開発に入ってきたという。IIJではLoRa(ローラ)という無線技術を採用している。どういうものかというと各田んぼに設置したセンサーからこのLoRaをつかって、電柱等に設置した無線基地局に情報を収集し、ここからクラウドに接続したり、自動給水弁を制御したりしている。LoRaの通信範囲は約1.0-1.5kmほどであるというが、無線基地局を高いビルや山などに設置することでその範囲は更に広がっていくという。そのため、今後は農家ごとではなく地域単位での導入などを検討していくという。

「センサーは田んぼ毎に設置しますが、無線基地局は1農家につき1つとかでなくても良くて、条件が合えばその地域に1つ無線基地局があればデータを集積できます。そうなれば、導入コストはまた更に安くなりますよね。そうすれば、このシステムを導入できる農家さんが増える可能性があります。」と話してくれた。
 更に、今後、センサーを田んぼだけでなく川に設置し防災に役立てるなど、その地域において農業以外の方法で活用できる可能性もあるそうだ。

IoTが農業の技術を後世に残し更新する

 すでに他の地域の農家さんや自治体からも声がかかっており、IoTのシステムを導入してほしいと言われているそうだ。その中でも面白かったのが、ある地域の農家さんで、自分の田んぼでなく隣の家の田んぼにセンサーを設置してほしいというものだった。というのも隣のベテラン農家さんの技術を学ぶために、IoTを導入してデータを残したいというものだったという。このようにただ農作業を効率化させるだけでなく技術継承という点でもIoTが活躍しそうである。

「地域単位で導入することができれば、例えば熊本と新潟のように遠く離れている地域の情報を突き合わせることができます。地域間の情報を突き合わせることで、地域を超えてノウハウを残すことができるかもしれないし、もしかしたら今ベストと思われている農業の技術が変わるかもしれません。本当はこの時期水を抜く必要がないとかね。そうなったらより面白いですよね。」と斎藤さん。
 確かに、今まで農業の栽培技術は経験の蓄積によるものが大きかったが、IoTでデータを集積することで新しい栽培技術が生まれる可能性も含んでいる。

「今後、このIoTの技術を農業だけでなく漁業とか屋外の一次産業にも展開していきたいですね。今回は静岡の農家さんが協力的だったというか、農家は農家として技術屋は技術屋として、それぞれの得意分野を活かして同じ目標を追いかけることができたのが大きかったと思います。これからきっと次の領域にチャレンジすることになると思いますが、一緒にやっていきたいって言ってくれたら我々は嬉しいですね。」と斎藤さんは話してくれた。

「僕も最初全然分からなかったけど、今農業にハマっちゃいまして、この前も田んぼの草刈りをしたり、その前は一緒に田植えもしたんですよ。技術屋が泥だらけになって、なんだ?って思われるかもしれないけど、一緒にやるって大事ですね」と花屋さん。

 IoTという技術をもって、これからの農業界の可能性を広げていくIIJ。IIJの進めるIoTはただ効率化を目指すだけでなく、農業の技術や文化を後進に伝え、更に発展させていくものなかもしれない。

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