農作物への鳥獣被害額は年間200億円前後あり、全国的に鳥獣被害が大きな問題となっている。
その中でもイノシシの被害額は約50億円と全体の1/4をイノシシが占める。
しかし、この数値は報告されている被害の範囲で実際はそれ以上に大きな被害を及ぼしていると推定される。
例えば、イノシシは土を掘り起こし土壌中のミミズ等を捕食するため、農作物だけでなく畑の畦や植え付け前の田んぼなど、再整備費等まで加算すると現状の50億円以上の被害額となる可能性が高い。またイノシシの個体数は年々増加傾向にあり、今後もイノシシによる農作物・農業への被害が増えることが予想される。
出典:「鳥獣被害の現状と対策」(農林水産省) (平成28年10月)
そのような背景を受け平成19年に鳥獣被害防止特措法が交付され、国と地方が連携し鳥獣被害への対策が講じられている。
特にイノシシにおいては平成36年までに生育頭数を半減する目標が立てられ、を増やすために法の緩和、射撃場の整備などを国・自治体が協力し進めている。
出典:「鳥獣被害の現状と対策」(農林水産省) (平成28年10月)
▶耕作放棄地がイノシシ被害を拡大する
そのようなイノシシの被害がある中で、イノシシ被害に関する様々な研究が行われている。
本田(2007)によれば耕作放棄地の拡大がイノシシの被害を拡大していると明らかにしている。特に田んぼが放棄され、土壌中に水分が残っているような場ではイノシシのヌタ場(イノシシやシカが身体についたダニなどの寄生虫を落とすために泥を浴びる場所)として利用され、畑が放棄された場が草原になるとイノシシの休息場として利用される。
そのような耕作放棄地が田畑の近くにあるとイノシシにとっては都合が良く農作物への被害を助長する要因となるのである。
▶過疎化もイノシシ被害を助長
また、佐藤ら(2015)によれば人間活動が低下したエリアでもイノシシによる鳥獣被害が拡大するとしている。
特に福島原発事故後に住民が避難し、人口が減少したエリアは川俣町ではイノシシの行動範囲が広がっていることも報告されている。これは人間活動の低下によりイノシシが人間を警戒することなく、どの土地を利用できるようになったことが要因であると推察している。
更にイノシシの農業被害は秋以降強くなる傾向があり、田畑にいるカエルなどの捕食対象となる小動物の動きが鈍ることやクリなどが実る季節であることと関係性があると推察している。
▶耕作放棄地を減らすことによる鳥獣被害の縮小の可能性
耕作放棄地の拡大によるイノシシによる鳥獣被害の拡大の相関性については既往の研究により明らかにされている。
それら研究によれば今後イノシシによる鳥獣被害を減らす、もしくはこれ以上増やさないために耕作放棄地を減らすということが手段の1つとして有効である可能性を示唆している。
例えば、現時点では科学的根拠はないものの、ハーブや山椒などの香りの強い植物をイノシシが嫌い畑の畦や周辺に植栽することでイノシシを近づけないような対策をしている田畑も存在する。
畑の周辺にハーブを植栽し、その中に農作物を植えることでイノシシ被害を防ぐことだけではなく、ハーブの生産、二次利用なども期待できる。更に電気柵を設置するコストも軽減し、周辺の景観にも影響を与えない方法として可能性を秘めている。
更に、イノシシは農作物がなくても土を掘り返し、土壌中のミミズを捕食することが知られている。それを逆手に取りイノシシに食べられたくない土地にはハーブ類を植栽し保護し、耕作放棄された土地をイノシシに掘り起こしてもらうことで土壌が柔らかくなり畑として再利用するというケースも存在する。
そのようにイノシシの被害がどのような場所に集中するかというイノシシの行動特性と合わせて対策することでより大きな効果が得られる可能性がある。
▶参考文献
佐藤悠, 小倉振一郎, 吉原佑, & 玉手英利. (2015).
福島原発事故後の避難による住民の減少が中山間地域におけるイノシシの農地利用に及ぼす影響. システム農学, 31(2), 41-49.
本田剛. (2007).
イノシシ被害の発生に影響を与える要因: 農林業センサスを利用した解析. 日本森林学会誌, 89(4), 249-252.